新たな次元が開かれたあの日からかなりの時間が過ぎたが、その後も特別なことはなく、今日もいつもと変わらないアデンの朝を迎えていた。
——話せる島の東にある船着場。ずっしりとした木の箱の音が響き渡る。
今日は銀騎士の村とウィンダウッドに商品を調達しに行く日。早朝から品物を整理していたパンドラは背伸びをしながら空を見上げた。
「ふぅ、なんか面白いことが起きないかな……」
最近は興味をそそられることがなく退屈しているパンドラがつぶやいた。
ケプリシャは、この頃は忙しいせいか話せる島に遊びにこなくなった。リズも、数日前に傲慢の塔に連れて行って以来、目を輝かせながら毎日のように傲慢の塔を調査しにアデン大陸に出掛けているので、暇つぶし相手がいなかった。
あれだけ調査ノートを落としたら、調査の意味が無いのでは?とパンドラは思っているが、本人が好きでやっていることなので、口に出さずにいた。
「そういえば……7階までしか行ったことなかったかな。 時間があれば8階にも行ってみようかなぁ」
ナイトバルドがいるという傲慢の塔8階は、アデンでもこれまでにグンターしか上がったことがないという。
マジックドールでしか見たことがないナイトバルドの実物に興味はあったが、まだちゃんと探索したことがなかった。
腰につけているククリの刃を研がなきゃ、と思ったその時——村の方から急いで走ってくる足音が聞こえてきた。この遅くもなく速くもない足音はリズだ、と思いながら顔を向けると、案の定、赤い髪をなびかせたリズが走りながら叫んでいた。
「パンドラさ~~~~ん!! 大変です!!!!」
「そんな服で全速力で走るほうが大変だと思うけど……そんなに急いで何かあったの?」
「ハァ……ハァ……パンドラさん! おじさんがいないんです!! 消えてしまったんです!」
「散歩でもしにちょっと出掛けたんじゃないの~?」
「そ、 それが……荷物も全部なくなってるんです! 敷物や小物も全部です!」
「なんですって!?」
リズが話すおじさんとは、ギラン村にいる物乞いのアルフォンスだった。
リズはアデン大陸に出掛けるたびに必ずお弁当を作ってはアルフォンスに渡していた。グンターの頼みでもあり、パンドラが何年も続けてきた事だったが、最近になってリズがその担当になっていた。
ただ、今までアルフォンスがギランの奥にある木の下から消えたことはただの一度もなかった。
リズは、単にアルフォンスが消えたことに驚いて知らせに来たようだが、パンドラにとっては衝撃的な話だった。
パンドラは、どうしたらいいか分からないでいるリズの肩に手を置いてなだめながら言った。
「まずはグンター様に伝えないと。 リズはこの箱を整理しておいてくれるかしら?」
「は、はい!!」
.
.
.
「アルフォンスが?」
剣を磨いていたグンターが、剣を鞘に戻さず横に置いたまま驚いた表情を見せた。グンターのこんな姿を見るのはパンドラもおそらく初めてだったかもしれない。
「今さっき、おじさんがいなくなったことを知らせにリズが急いで島に戻ってきたんです!」
「アルフォンス……そんなはずが……何の『きっかけ』もなしに彼が動くことなんかないはずなのに……何があったんだ?」
疑問だらけの話をしていたグンターとパンドラの後ろに、紫の光がまたたき、一人の女性が舞い降りた。
女性は紫の水晶を袖に入れ、少し激昂した声で二人に言った。
「グンター様、アルフォンス様が『感覚』を取り戻したようです」
グンターが慌てて答えた。
「ケプリシャ、もう少し詳しく聞かせてくれるか?」
「彼は 次元の亀裂にみずから歩いて入っていきました。亀裂の前で彼に声を掛けたのですが、彼は私と契約する、と申し出てきました」
「えええええ!!? アルフォンスおじさんがみずから契約するって言ってきたって? 本当ですか?? 信じられない! 夢じゃないですよね?」
動揺するパンドラに苦笑いを浮かべ、落ち着いてケプリシャは話を続けた。
「間違いなくアルフォンス様は私と契約しました。 今、確信を持ってお伝えできることは、彼が自分で考えて話すことができるということです。
まだ身体は不自由ですが、『シェイプチェンジ』の呪いを抑えながら、しっかり関節まで動かすことができるということ、そして彼が自発的に私と会話できたということ。 そして、契約後、アルフォンス様の『きっかけ』を私も知るところとなりました。 ……今のところはこれがすべてです」
「アルフォンス……帰ってきたか……」
グンターが深いため息とともに低い声でつぶやいた。それは安堵なのか、心配なのか、はたまた期待のこもったため息なのか、誰も分からなかった。
「パンドラ、しばらくこの島を頼む。 わしも次元の亀裂に行ってくる」
「え?! ちょっと歩いただけで騎士たちに囲まれてサインをねだられると思いますよ? 熱狂的なファンはずっと後をついて来ますからね…」
そう言いながら想像しただけでも笑えたのか、パンドラが口を押さえながら笑いをこらえていた。
「確かに、生ける伝説でいらっしゃるので……ハハハ……」
ケプリシャも髪をかき上げて苦笑いを浮かべながら困っている。
次の瞬間、グンターの姿が見えなくなった。パンドラとケプリシャは驚いて辺りを見渡すが、グンターの姿は見えなかった。
「これを使えば問題なかろう」
「なるほど!インビジビリティクロークですね! …………ディテクション!!」
パンドラがディテクションの魔法を唱えると、グンターが再び姿を現した。グンターはクロークに触れながら言った。
「久々に使ったな。ではパンドラ、しばらく行ってくるぞ」
再びグンターは一瞬で姿を隠し、その場を去った。
グンターを見送った後、パンドラが振り向くと、ケプリシャは信じられないという顔で固まっていた。
「ケプリシャさん、もしかしてインビジビリティクローク、初めて見ました?」
「パ、パンドラ、どうすれば人がいなくなったり現れたりするの? クローク……? 魔法ではなくて……?」
「まったくもう、魂の契約をする預言者がこれしきのことで驚くなんて」
「どうしたらクロークだけでこんなことができるの……ぶつぶつ……物理的に……ぶつぶつ……」
預言者であるケプリシャにも分からないことが、アデン大陸にはたくさんあった。
――次回に続く
第1話に登場した「アルフォンス」「パンドラ」「グンター」に変身できる「契約のケプリシャの水晶」が登場!
ゲーム内ショップの「イベント強化」から1個10,000アデナで獲得可能で、イベント期間中毎日10個まで購入できます。
突如ギランから姿を消したアルフォンス。
アルフォンスが動き出した『きっかけ』とは!?
哀しき男の過去が今明かされる。
次回、【二人の騎士】第2話「発端」。
お楽しみに!
アデン全土を震撼させた大人気次元の亀裂シリーズ第1弾【超異世界エヌ・シー・ファイブ】公開中!
・第1話「謎の男」
・第2話「異世界スーツ無双」
・最終話「エヌ・シー・ファイブ―Forever―」
※本情報は公開時の内容をもとに作成しております。
※開催期間や内容は予告なく変更する場合があります。